2012/09/14

素人はいいことか?

民主党と自民党の総裁選なんかもあって,政治の話題が活発である.

さらに,維新の会という団体も加わってきたものだから,話がさらに膨らんできた.

政治に関する議論の詳細は,とりあえず脇においておきたい.

所詮,限られた牌をどのように分配するかという話である.100パーセントの満足なんてそもそもありえない話だし,諸問題の「解決策」なんて原理的にありはしないのである.

エネルギー政策にしろ,福祉政策にしろ,税制対策にしろ,どれも一長一短のものでしかない.53パーセントの正確性か,47パーセントの正確性かどちらを取るかといった程度のものである.

とにかく,私が最近感じる違和感は,日本において,やたらと「素人っぽさ」が評価される傾向にあるということ.

教育政策にしろ,経済政策にしろ,エネルギー政策にしろ,福祉政策にしろ,私は専門家たちの意見を尊重したいと思う.

なぜこの種の専門家の意見が軽視され,素人の方が「健全」で「きれいな」雰囲気が感じられるという空気が作られているのであろうか.

私は,民主党が政権を握った時の空気と,維新の会代表の橋下氏の言説が大きいように思う.

教育や経済政策にしても,今まで専門家たちに任せてきたから問題が生じてきたのではないか.彼ら,既得権益にまみれた人間を追放し,汚れのない,きれいな新人たちを入れれば,現状は改善される.

とでも思われているのかもしれないが,私はこの意見に与しない.

確かに,人間というものは大なり小なり既得権益を得るものだし,そういった特権が得られれば離さないようにする傾向はあるのかもしれない.

しかし,その種の「汚れ」はシステムの性質上生じる「埃」のようなものであって,そういったものを完全に排除することはできないものである.

今まで,官僚とスクラムを組んでおいしい思いをしてきた自民党にお灸を据えなければならないと考えた多くの日本国民は,民主党に新しい政権を託したが,その結果はどうであろうか?

何か,自民党と比べて,「これがよかった」という部分があったであろうか.

端的に言わせてもらえば,当初は政権を経験したことのない素人的意見により,ないしはイライラしているおじさんのプライドが先行したことによって生じた大きなトラブルがあっただけで,結局,自民党と大差ない政権に変わっただけではないか.

ある種の経験がなかったせいで生じたトラブルのことを考えれば,全体としては,前政権の自民の方が随分とましだったかという程度のものである.

そんなものである.

たぶん,民主主義というのは,こういう風に機能する政治システムなのであろう.

あらゆる電化製品に耐用年数があるのと同じく,おそらくシステムというものにも耐用年数なるものがあるのである.

まぁ,システム内の人間の入れ替わりのようなものは,あまり否定してはいけないのかもしれない.

何度か入れ替えをしてみても,みんなが

「あれ,これ,みんな一緒じゃね?」

と思う機会があれば,システムそのものを変えるという発想につながるかもしれないと思うからである.

であるからこそ,割と冷ややかに,

「あっそ,中の人だけ変わるの」

という視点で,気楽に現状を眺めているのが精神的によろしいと思う.

ちなみに,この種の「入れ替わり」を試みる人たちは,論争が上手そうに見えるのが難儀である.

橋下氏とは,思想的には右と左で対局のように思われるが,フェミニズムの上野千鶴子氏には,橋下氏と同じような「匂い」が感じられる.

彼らの論法は割と単純で,自分が「正しい」変革者であるという立場を明確にして,自分の考えに異論を唱える人たちを「既得権益にまみれたワルモノ」というレッテルを貼るのが上手であるということである.

言い方を変えれば,彼らの議論は議論のための議論であって,それにより何かの問題を炙り出そうとか,課題を解決しようとかいう気は全然なくて,自分の「正しさ」を周囲の人に納得させようとするものである.

「それが論争ではないか?」と言われると,私としては閉口してしまう他ない.たぶん,私にはその種の「議論」なるものには興味が持てないのである.

彼らの主張はちょっと強引に要約すれば,「俺たち正義,お前ら,ワルモノ」というものである.

我々が正しいのだから,お前たちを正しく導いてやるという教条主義的な態度は,私のようなタイプの人間を惹きつけることはできない.

たぶん,自分で考えたくない,自分たちを導いて欲しいと思っている人たちにはウケがいいのかもしれない.

彼らは「正義の味方」なので,何を言っても肯定される.現に,上野千鶴子氏は,「コミュニケーション能力のない,つまりモテない男たちはマスターベーションしながら死んでいただきたい.私,何か間違ってますか?」と,堂々と群像で仰っていたが,この発言の性別を引っ繰り返した人がいれば,直ちに「女性差別主義者」のレッテルが貼られることになる.

また,彼らの目的は,「お前らばっかりいい思いして,セコイ.俺たちにもそれよこせ」というものなので,彼らがそもそも忌むべきだったはずの存在と同じことをやって,それを「改善された」と発言するようになる.

まぁ,好きにすればいいと思う.

現状は,素人主義が好まれているような雰囲気である.確かに素人には,最初は既得権益も何もないはずである (by definition).

しかし,彼らも遅かれ早かれ既得権益にまみれ,場合によっては前任者以上にその種の権利にしがみつく状態になる.

それを単に繰り返すだけのことをしても,別に細かい雑用が増えるだけである.

その種の雑用を繰り返すことによって,システムの変革を本気で考える人たちが増えるのなら,それはそれでいいのかもしれないが.

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