2012/07/14

存在の耐えられる程度の軽さ

涼しいを通り越して,寒いくらいの札幌の土曜日ですけれど,朝から3歳までの子供たちと関わる大学の授業にお邪魔して(させられて?)来ました.

まぁ,写真を撮って,ピザを作る手伝いをして,ピザを食べて帰ればいいというだけの話なんですけれど.

しかし,まぁ,今日は(も?)自分って何でここに勤めているんだろうというアイデンティティの問題と闘うことになったのです.

断言させてもらいますが,私が幼児教育関係の学科に所属する必然性はありません.

ナッシング.

という思いを,またまた新たにしてきたのです.

たぶん,同僚の先生たちはいい人たちが多いので,正式に制度的に,田作扱いになっている私が孤立しないようにいろいろと気を遣ってくれているのだろうけど,それにしてもこの学科のイベントやら授業やらに参加する度に,自分という人間が存在する必要性はないのだなという事実を毎回確認する羽目になってしまう.

子供たち相手に歌を歌ったり,紙芝居をしたりして,けっこう楽しそうにやっている学生さんたちは実にいい表情を浮かべているのだけれど,彼女たちに私ができることなんて何もない.

金曜日は,依頼されているレビュー論文の校正をしていて,ちょうど時制のimperfect, subjunctive, indicativeなんかの議論を扱ったのだけれど,この手の言語学の知識なんてこの学科にいる限り無意味である.

意味も意義もないし,たぶん周囲の人たちにとっては,「So what?」の世界だと思う.

PhDを取ってきたことも,この夏に数カ所で喋ってくる論文なんかも何も関係がない.自己研磨なんてはっきり言って,意味がないことなのかもしれない.

たぶん,ここは私がいるべき場所ではないのだろう.

まぁ,そう思えると,気が楽になってきたのも事実なのだけれど.

そんな今晩の献立はこんな感じ.

ニラ入り豚キムチ

茄子とタマネギとパプリカの煮浸し

かにかまのレタス包み

ナメコと三つ葉の味噌汁


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