2012/05/12

石狩紀行 (iv):厚田公園展望台


厚田をさらに北上すると,厚田公園展望台というのが見える.ちょうど案内所兼売店みたいなところと,海岸線を望むやや大きめの駐車場が見えるので,何かがあるんだろうなということくらいはすぐにわかる場所である.少なくとも,ありすcaféのような見落としはないと思う.たぶん.



厚田公園展望台は,プロポーズするにふさわしい観光スポット100箇所を選定する「恋人の聖地」プロジェクトで,平成18年に北海道で初めて選出された場所なのだそうだ.

私のような変わり者からすれば,「プロポーズする場所くらい自分たちで決めさせろや(「ここがいい」とか言われると,絶対にそんな所でせえへん)」という気分になってしまうのだけれど,付和雷同的,和をもって貴しとなす大衆的価値観を太古の昔から育んできた日本人には馴染むものなのかもしれない.

だいたい,非常時にも「みんなやってますよ」と言われると心が動かされてしまうとかいう人たちっていったい...

閑話休題.

とにかくせっかく来たのだからと,徒歩で25分かかるとかいう展望台まで上ってみることにする.

途中で長い階段があったのだけれど,「グリコやりたい」とかいう,とある女学生の提案により,30を過ぎた大学教員と,20を過ぎた女子大生3人の合計4人がグリコ遊びで階段を上るとかいう,傍から見られると困るようなことをしながら展望台まで登る.

それにしても,グリコの普及率は凄いものである.私のような年代と若い大学生,さらには大阪と北海道という土地と時間を乗り越えるという古典の定義を満たしているではないか.ここには何か重大な普遍性のようなものが,あるのかもしれないですね,まぁ.

しかし,グリコ遊びなんてしたのは何年ぶりだろうと思いをはせながら(たぶん,20年ぶりくらいだと思う),学生さんたちと付き合う.まぁ,ノリがいいということなのかもしれないけれど,こんなことをやってしまうので,未だに威厳のない大学教員をやっているのかもしれない.もっと大人にならないといけない.

展望台の上に昇ると,そこには城壁のような建物があり,2台のベンチとハート型の置物がどかんと置かれてある.城壁の真ん中には「誓いのベル」とかいうベルがあったのだけれど,これがなかなか鳴らない.たぶん,潮風に当たって錆がきているせいなのではないかと思う.



それでもって,展望台の近辺の手すりでは,愛を誓って結びあわされているという南京錠があちこちにある.

愛を誓うために南京錠を使う.

うーむ.



なんとなく,お互いの愛を南京錠で結びつけるなんて,束縛の強い恋人同士なんだろうなという気分になりますけれど,お互いの愛を固めるために鍵を掛け合うというのは,健全な関係なのだろうかと私のような人間には思われて仕方がない.

南京錠の願掛けというと,セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスを思い起こしてしまいますね.薬に頼らないと保てなかったハイテンションとその危うさに支えられた魅力.

ちなみに,この願掛け用と言っていいのでしょうか,南京錠は展望台の麓の駐車場近くの売店で売っています.ここでラブラブなカップルが(ガイドのウェブサイトと冊子では「アツアツのアベック」という死語が使用されているという話はナイショである),盲目的な状態で,まるでおみくじを買っているかのような体で南京錠を購入し,南京錠に愛のメッセージをマジックペンで書き込み,ないしはプリクラを貼り付けて展望台の手すりにいろいろと思いをはせているわけですよね.扱いとしては,境内に結びつけられているお神籤と同じものなのか.

ということは,この展望台は愛の神が宿る場所ということになるのかもしれない.さすが八百万の神の国である.「何でも神さんや」という態度は,傍から見ればなんといい加減な,と思われてしまうかもしれないけれど,宗教戦争が実際に起こって殺し合いをしないだけ平和でいいことなのかもしれない.

ちなみに,展望台の城壁は階段を使って昇ることができるのだけれど,展望台の上では,大阪万博の太陽の塔のような顔が足場のど真ん中にあります.その中央に立てば,何か得体の知れない妖怪でも召還できるのではないかという気になるのだけれど,特に何も起こらなかったです.

当たり前か.

同行していた学生さんたちは気味悪がって近寄っていなかったのだけれど,私はその真ん中に堂々と立ち尽くしていました.

ちなみに,展望台のてっぺんでは恋人同士の落書きがあちこちに見られます.

「だいだいだーい好き」

とか

「結婚しようね」

とかそういうの(後は書いていて,背中が痒くなってきそうなの).



そうか,恋は盲目ってこういう状態のことを言うんですね.みんな若いですよね.こんなことを書いた恋人たちなんて,みんな不幸になればいいのに,とか言っているとダメですよね.世の中,少子化ですし,頑張ってください.

しかしながら,この手の落書きをする人たちって,あまり頭がいいように思われないのはそれなりの経験則から来ているのでしょうか.「1th Anniversary 結婚してまた来ようね」とか書いてある記述を見かけたのだけれど,1の序数詞はfirstなので「1st」と書きますとついつい思ってしまった私は細かい奴なんでしょうか.思わずアカペンで手直しをして「大学英語教員より」と書いてやろうかと思ったのだけれど,手元にはペンらしきものはありませんでした.残念.

そんなこんなで展望台を降りると,坂道の端っこをまるでキリスト教徒の墓石のような形で様々な俳句が掲載されてあるのが目につきます.思わず,どこかで,「みつを」とかいう号はないかと期待してしまいましたが,特にありませんでした.

ちなみに坂道は急勾配で,桜の木がたくさん植えられてあって,「ベビーカーを引いてきたら危ないね」と言っていた学生さんがいたのだけれど,こんな教育上??なところに小さいお子様は連れてこないのではないかと思われるので,多分,大丈夫なのではないでしょうか.まぁ,南京錠の束に向かって,バーベキューの煙を向けてみたいという気分にさせられたのは否定しませんけれど.

ちなみに,展望台の麓の売店では,我がF女子大学が開発した石狩バーガーが売ってあります.個人的にはできたてのおいしいのが食べたかったのだけれど,できあいと言いますか,ちょっと冷めてしまった形で売ってあります.レンジで温めてくれるものの,何となく損をした気分になってしまう.まぁ,私はファーストフードをあまり食べる人間ではないので別にいいのですが,学生さんたちは「普通においしい」とか言って食べておられました.



ちなみに,こういう場合に若い人たちが使う「普通に」という言葉のニュアンスが分からなくて困っています.この言い回しは私がイギリスにいる間に普及したみたいなのだけれど,veryのような強調の副詞でもなく,「文脈から想定して,ありえるレベルで上等な方」というニュアンスで使用されているみたいですね.無理矢理言葉を補うと「普通に(考えられるレベルで)」という意味なのでしょうか.知らない日本語がけっこうあって,日本を離れていたせいなのか,年のせいなのか微妙な今日この頃です.

それに加えて,浜益の名産手焼きどら焼きというのも食べました.どら焼きは疲れた時に無性に食べたくなりますが,これはあんこよりは皮の部分の風味がいい感じなのではないかと思います.個人的には名産にしたいのであれば,焼きたてを提供して欲しいなと思ったのだけれど.



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