2012/05/22

大人は外見に責任を

若い間の容姿は,それこそ生まれつきの生得的な要因が大きくて,何もしていなくてもかわいかったり,かっこよかったり,あまりいい体型ではなかったり,ちょっと間抜けな風貌だったりするのが常である.

ただ,それら若さに任せた容姿は20歳前後でいろいろと崩れてきたり,逆に整ってきたりもする.

個人的な見解なのだけれど,大人は30歳を過ぎたら自分の外見に責任を持つべきなのではないかと思う.

もちろん,好き勝手な髪型や服装にするのはかまわない.個人の自由である.

一方で,自由には常に責任が伴う.

現代の社会的な観念として,例えば,スキンヘッドにサングラス,ピアスたっぷりに髭を生やし,金色のアクセサリーで身を固めているという風貌は,あまり気質には思ってもらえないというか,「怖い」という印象を持たれる傾向にある.

それを自覚してやっているのなら,別にそれはそれでいいと思う.

他にも日焼けサロンに行って真っ黒に焼き,茶髪のロン毛でダボダボファッションの30代が軽薄に見られるという傾向ももちろんある.

本人が分かってやっているのなら,それはそれでかまわないと思う.

ただ,それらの格好をしているのに,他人に真面目に思われたいとか,一途に思われたいとか強要するのは筋が違う.一般的な社会人とされる,例えば黒のショートヘアーに綺麗に剃った髭,清潔感のある服装の人たちと比べて,その手の肯定的な評価を得るには,それなりのハードルの高さを設定しているのだということには自覚的である責任がある.

他にも,ボサボサの髪,手入れのされていない顔,洗濯されていない服装で清潔感がないという人も,男女問わずあまり肯定的な評価を得られることはないであろう.

自分が服装に無頓着で,別にどうでもいいやというのであれば,それはどうでもいいことなんだと思う.

ただ,自分が社会に出て,それなりの職に就いているというのであれば,それなりの格好をしている必要がある.

清潔感のない営業マンに仕事は託せないし,バカっぽい格好の教員はよっぽど賢くなければ信頼は得られないし,ヤクザのような店員に話しかける顧客はいない.

周囲の人間を不安に陥れるような格好をするのなら,そういう格好をしているという自覚が必要不可欠なのである.であるからこそ,入れ墨やタトゥーを入れている人間は温泉など公共施設や各種健康施設への立ち入りを遠慮されているわけだし,子供を預ける教員にも入れ墨やタトゥーが入っていないのが当然あるべき理なのである.

大阪市で入れ墨やタトゥーを入れている職員を処分しようかという話が持ち上がっているが,私はこれにけっこう好意的である.

公務員という立場上,それなりに責任のある決断を下さなければならないこともあるのだし,税金を使う立場にある以上は,信頼が得られる格好をしているのが第一である.

外見は関係ない,中身こそが大事という議論があるのは認めるが,よっぽど懇意にならない限り他人の内面などというものが分からない以上,人は外見で人を判断する.そういう現状がある以上,大人は外見に責任を持たねばならないという事実に自覚的でなければならない.

それをあえて曲げてでも,他人に信頼されにくい風習を自ら取り入れたわけであるから,それを覆せるだけのものがある場合を除き,他人に不安を与えるような格好は慎むべきである.

そうでなければ,一般市民は入れ墨の入った職員を真っ当な人間であると見なすことはないであろう.アウトローの人間に重要な決断を任す必要などない.成熟した市民とは,自己管理のできている大人であると私は思う.

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