2011/12/18

北の国のクリスマスストーリー

私はこの話を藤川綾花から聞いた.彼女は話の中で悪い役柄というわけではないのだが,自分の名が知れ渡るのは困るというので,本当の名前を使わないで欲しいと頼まれたのである.それ以外の,彼女が保育士を目指しているとか,早逝した姉がいたとかいったことは,概ね,彼女が私に語った通りである.

彼女は大学の2年生なので,知り合ってからおよそ1年半が過ぎたことになる.彼女は,教室内の学生の顔が認識できるようになってから考えれば美人という程度の容姿で,成績も1番や2番ということではないが,上・中・下の3分割をすれば間違いなく上に分類できるという程度の成績で,いつも教室の窓側の席から教壇を眺めている,優秀だがあまり印象に残らない学生である.

長い間,私は彼女のことはあまり気にとめてこなかった.単位認定に苦労するというわけでもなく,特別目立つわけでも,学内一の美人というわけでもない.ほうっておけばそつなく課題をこなしてくれる,教員からすれば手のかからない,ありがたい少女Aとでも言うべき存在であったからである.実を言うと,彼女の顔と名前が一致するには半年以上の月日を要した.その程度の認識であった.

だが,事態は急変することとなった.ある冬の吹雪の強い日の午後,空き教室にある「ババールとサンタクロース」という絵本を眺めていると,突然,彼女に話しかけられたのである.

「何を読んでいるんですか?」

私はふと読みかけのその絵本の手を止め,彼女の方に視線をやった.私は,この大学にいるきれいな学生の一人かとなんとなく思った.

正直に言えば,自分が受け持っているクラスに彼女がいたということを,その場で即座に思い出せなかったので,私はまた,関わりのない学生に話しかけられたのだと思った.この大学にいると,自分が知らない学生にふいに話しかけられることがよくある.

しかしながら,彼女が,私が現在授業で扱っているニューヨークのクリスマスに関する話を切り出したのを聞いて,ようやく自分が彼女を受け持っているということがわかったのである.

「先生の話を聞いて,ニューヨークに行きたいねってみんなで話をしていたんですよ」と,彼女は私の側に来て,私が手を取っていた絵本をじっと眺めていた.

ぞうのババールというシリーズは,私が幼少の頃に好きだった絵本で,幼稚園内にあったシリーズを読破したことがあったのである.そのことを,私はこの日までずっと思い出すことがなかったのだが,なんとなく懐かしくなってこの絵本をパラパラとめくっていたのである.

細部についての記憶はないが,ババールのフットワークの軽さと行動力はなんとなく覚えていた.彼女もこのシリーズが好きであるらしく,この日はそのまま絵本とお互いの幼少時の頃の他愛のない話をしてそのまま別れた.

それ以来,彼女と学内で顔を合わせることがあると,他愛のない会話を交わす学生の一人となった.今日は寒いねとか,今日転びそうになりましたとか,そういったことである.しかし,彼女がどういういきさつでぞうのババールのシリーズを好きになったのかということを知ったのは,つい先週のことである.それが,彼女が私に語ってくれたストーリーのテーマである.

その前の週のこと,北海道新聞のある女性が私のオフィスを訪ねてきて,クリスマスの朝に掲載するクリスマス・エピソードを書いてくれないかと依頼してきた.最初は,手間だし,難しそうなので無理だと言おうとしたのだが,会話の終わり頃に,ついつい調子に乗って引き受けると言ってしまったのである.その女性がスラリとした感じの美人で,なんとなくもう一度話をする機会を持ちたいという邪心が働いたということは否定できない.

しかし,その日の夜,私は自分が要らぬ仕事を引き受けてしまったと思った.自分がクリスマスについて,いったい何を人より知っているのであろうと.

その新聞社の女性は,イギリスやアメリカのクリスマス事情でも何でもおもしろいことを書いてくれと言ったが,私が知っている情報は,旅行ガイドブックや,Wikipedia・Googleを検索すればすぐにでも出てくるようなことばかりである.せいぜい,ニューヨークではクリスマスでも営業している店が多かったとか,イギリスでは友人が実家に帰るのは退屈だが,仕方ないしねと愚痴っていたとか,公共交通機関もほとんど走らず,店のほとんどが閉まって街がしんと静かになるとか,1つ2つのエピソードを付け加えることができる程度のことである.

この女性は,イギリスで博士号を取った大学の先生ならではのおもしろい話を書いてくださいと,冗談めかしながらハードルを上げてきたのだが,このままでは気の利いたエピソードの1つも書けそうにない.そう考えると,少し申し訳が立たないような気がしてきた.この際,クリスマスにロマンチックな思い出なんかできたことがないと開き直って,ウケを取りにいく話でも書こうかと,少々気が滅入ってきたのである.

その後数日,授業の準備や論文を読む合間に,クリスマスエピソードについても少しづつだが,確実に自分の中でプレッシャーとしてのしかかってくるようになった.空き時間に図書館のクリスマスにまつわる図書を眺め,でっち上げでもおもしろい話はないかと探したが,何もひっかかる情報は見あたらなかった.

外が真っ暗になった水曜日の夕方,私は翌日の講義資料を学生の人数分印刷した後で,学内に飾られたクリスマスツリーが点灯されてあるのを見て,ちょっと立ち止まってツリーにそっと手をやっていた.学内にもう学生はいないかと思っていたのだが,ふいに藤川綾花が現れ,私に話しかけてきた.はからずも,私はクリスマスエピソードの執筆について彼女に思いの丈をぶちまけていた.「クリスマスの話ですか?」私が話し終わると,彼女は言った.「もし,今度,私にお菓子を作って来てくれるんだったら,いい話がありますよ」.

翌日,私は家に残っていた早めに食べなければならない状態にあったバナナを使って,パウンドケーキを作った.残り物で簡単なのだが,それなりにおいしくできるのである.

焼いたパウンドケーキをアルミホイルに包み,金曜日の午後,彼女に私のオフィスに来てもらった.しっとりとしたパウンドケーキによく切れるペティナイフを入れ,2切れを皿に載せて,ケトルで沸かしたお湯で紅茶のマルコポーロを入れ,彼女の前にそっと差し出した.部屋の中は,マルコポーロ特有の優しい香が充満していた.

「高3のクリスマスイブのことだったんですよ」と彼女は言った.「受験勉強の息抜きを兼ねて,ちょっと家の中とクローゼットを整理していたんですよね.ほら,ずっと椅子に座っていると気が滅入るので,何かを整理したり身体を動かすと,ちょっと気分転換になるじゃないですか.それで,いつもは大掃除の時にも整理しない場所なんかもわざわざ開けてみたりして,いろいろと片付けていたんですよ.そうしたら,子供の頃に読んでいた絵本なんかも出てきて.それで,クリスマスイブだったので,ババールとサンタクロースという絵本を手にとって,ぺらぺらとめくってみたんですよ.絵本ってたまに読むとなんだかおもしろかったりしますよね.それで,絵本の最後のページにちょっとした書き込みと,子供の字で書かれた手紙を見つけたんですよ.もしかして,私が小さかった頃に書いたものなんじゃないかなって思ってその煩雑な文字を読んでみたんですけど,『あやかとケーキが食べたい』とか,『あやか,だいすき!』とか書いてあったんですよ.確かに私,自分のこと嫌いじゃないですけど,ちょっと何か変ですよね.だって,自分の名前を書いて一緒にケーキが食べたいとか,自分大好きって何か変な子じゃないですか.でも,そのときに思い出したんですよ.私が物心つく前に亡くなったので,私には全然記憶がないんですけど,私には姉がいたということを聞かされていたことがあったんですね.姉は小児性脳腫瘍という病気で5歳で亡くなったそうなんですが,僅かばかりの写真でしか見たことがなくて,それで自分に姉がいたということがどうも実感できなかったんですよね.だって,姉が亡くなった頃,私は1歳になるかならないかという時分だったみたいなので.それまで亡くなった姉のことを意識したことはほとんどなかったんですが,それでもそのときには,ちょっといろいろと考えちゃいましたよ.このとても小さな姉は,きっと私の成長を楽しみにしてくれていて,それで一緒にクリスマスパーティーをやりたいとか,そういうことをいろいろと考えていてくれたんだろうなって.その手紙を持って,母の所に行ったんですが,母はその手紙を見たのがどうも初めてらしくて,それでとてもうれしそうにその『あやか,だいすき!』という文字を眺めていたんですよね.そこから初めて詳しく,亡くなった姉のことを聞きました.活発で,元気で,男の子の中に混じって遊んでいたということ.お絵かきがとても好きで,幼稚園と幼稚園の先生と,そして家族がとても好きだったということ.お父さんが帰ってきたら,玄関にあるボールを転がしてもらって,それをキャッチするのが日課で,うまくできた日はとてもうれしそうにしていたということ.そういう話を聞いて,私はやっと自分にも姉がいたということが実感できたんですね.単なる小さい女の子でしかなかった姉の写真にも,ようやく現実味が沸いてきました.自分と関連した人間の一人だったんだって.そんな姉はいつもお風呂上がりに,私の所に来て,幼稚園の先生のまねごとをしていたという話も聞いたんですよ.幼稚園の先生が好きで,それでよくマネをしていて,それで自分でもいくつか実践してみたかったんでしょうね.それで,小さくて,布団の中で寝ているだけの私を見て,たぶん自分が先生で,私が園児という形の幼稚園ごっこみたいなのをしていたみたいなんですよ.『これ,何だ〜?』とか,隣で絵本の読み聞かせなんかをしてくれていたみたいなんですけどね.その話を聞いて,私は姉が幼稚園の先生になりたかったんだろうなって想像するようになったんですよ.自分の中で,もし自分に大学生の姉がいたとしたら,きっと保育士の資格が取れる大学に行って,きっと元気に幼児と走り回る活発な女子大生をやっていたんじゃないかって想像するようになりました.

それから,私は志望校をここに決めたんですよ.それまで,こんな外れにキャンパスがある大学なんて大変そうだし,女子大みたいな女ばっかりのところなんてなんかめんどくさそうだし,ここって校風からして堅そうで大学生活が楽しくなさそうだし,それまでこの大学を受験するなんて全然考えてもいませんでしたよ.でも,それまで特別受験したい学科があったわけでもなかったし,北大は絶対に受かるという程でもなくて,ちょっと勝負を賭けないといけないようなレベルだったし.人前で話したり,人を扱うのは得意じゃないので教員になりたいと思っていたわけでもなかったので,教育大は全然考えていませんでしたし,それに小樽まで通うのは大変そうなので,樽商も考えていませんでした.正直,どっちつかずの中途半端な受験生ではあったんですけどね.でも,自分が幼稚園の先生になろうというのが,なんとなく直感的な部分で適合する部分がありました.大変そうだし,給料もあんまりよくないということもわかっているんですけど,でも,とりあえずやってみようと思ったんですよ.亡き姉がもし保育士になっていたとして,彼女ならどんな先生になっていたんだろうとか,姉には負けたくないなとか,とにかくそういう架空のライバルが自分の中でできたような気がしたんですよね.」

「その,自分に当てられた手紙ってどんなのだった?」と私が尋ねると,彼女は自分のカバンのサイドポケットに入れてあった手紙を取り出した.手紙は,ハート型に切り取られていて,裏面にはケーキの絵が描かれてあり,表には,確かにようやく判読ができそうという文字で「あやか,だいすき!」と書かれてあった.

「保育士を目指すようになって,それで時々,姉に話しかけられた気分になることがあるんですよ.『えー,それ,もうちょっとちゃんとしなよ』とか,『私だったら,こうするな』とか,『あー,それいい!』とか.なんか嬉しくなっちゃうんですよね.写真の中の姉は,幼稚園の先生というよりは,もちろん幼稚園の園児って感じなんですけど,それでも時々大人になった姉と会話ができるようになったと,本当に思うことがあるんですよね」

「それで,この大学に来てよかった?」

「正直,通学は大変ですよね.それに楽しくない授業も多いですよ.そんなことしてどうなるんだとか,友達とよく話してます.先生が,私たちのことを子供みたいに扱う授業もけっこうあって,正直,嫌になることもあります.でも,先輩の話とか,幼稚園・保育園に関わるようなことをやっていると,やりがいも感じるし,基本的に楽しいですよ.いい先生ももちろんいますしね」

彼女はそう言うと,フォークでパウンドケーキを突き刺して,おいしそうに口に運び,「あちっ」と言いながら紅茶に口を付けていた.

「借りができちゃったね」と私は笑って話しかけた.

「これで十分ですよ.おいしいです」と言って,彼女はケーキを平らげた.「あ,でも,今度ティラミスを作ってきてくれたらもっと嬉しいです」.

「ま,今度ね」

「その『今度』というのは,英語で言う『sometime』ですよね.楽しみにしてます」

私は彼女に微笑み返し,皿とマグカップを洗った.

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