2011/07/12

学ぶということ

自分も担当しているので知っているのだけれど,うちの学生さんで,受講態度がやや悪め,それで学力水準がけっこう低いという人たちがいます.

たまたま廊下を歩いていた時に見かけたのだけれど,彼女たちが担当の先生がいる空間で

「○○マジ,わけわかんねー」

「何言ってるかわかんない」

とか,なんとかかんとか,雑言を宣うておられたのです.

文字だけだと雰囲気や様子が伝わらないですが,最近の少女漫画やドラマのちょっと悪ぶったキャラみたいな感じでしょうか.土屋アンナさんがちょっとひねたようなしゃべり方でケタケタと話していたのですが.

思わず,襟首を掴んでどつき倒したろかとか思ったのですが(自分にもDVの気くらいはあるのかもしれない.気をつけないといけない),そんなことが許されるのは一昔前の高校までの話.

ここは既に大学なのです.

もしかすると,最近の大学生の傾向なのかもしれないけれど,ある種の講義を「わからない」と感じるとき,その原因を自分の知的怠慢や未熟さに求めるのではなくて,大学や教員の資質の問題であると考える向きがあるような気がする.

小さい頃から「お客さん」という扱いを受けてきたからなのだろうか,何か自分が分からないと,教師が分かるように教えないから悪いと条件反射的に考える人たちが増えたような気がする.

確かに,今までの,特に大学教員の授業に対する怠慢さは批判されるべきなのかもしれない.

しかし,それ以上に,大学生がまず知らなければいけない事実は,非常に逆説的なのだけれど,ある大学が大学としての知的役割を適切に果たしているとき,教員が果たす役割は非常に小さいということである.

極論すれば,教員ができることというのはほとんどないのである.

教員ができる可能な,そして最大の貢献は,「きっかけを与える」ことのみであって,何も考えないで単に大学に来て,単純に教室に座っていれば,自分たちが期待するだけの見返りが知的報酬として返ってきて,それを繰り返した結果,望むところに就職することが可能であると誤解している人たちは,学生,保護者,そして文科省らのお上に非常に多い.

残念ながら,教師には何も出来ない.

さっさとその事実を認識することである.

勉強というのは,自分でやるものであり,孤独と真剣に向き合うことができない人間は本来なら大学に来るべきではないのである.

それからもう一つ.

大学のできれば1年生の間に実感しておいて欲しいことは,自分が無知で取るに足りない人間であるという現状を認識することである.

断言させてもらうが,生まれてきただけで,ナンバーワンでオンリーワンだとかいう言説は単なるまやかしである.

他者からも,そして自分からも評価できる人間でありたいとするのであれば,自分が何も知らない存在であるということを実感し,そしてその事実と向き合い,一歩目を踏み出す決心をすることである.

もちろん,自分が些細な存在であると認識することは,不快で不安な体験であり,時には自分を大きく傷つける経験でもある.

しかしながら,その種の「洗礼」を経ないことには,知的好奇心を育むことは出来ず,自分の価値観を構築するということはとうてい不可能なのである.

であるからこそ,大学の講義においては,全てが分かりやすく,単純な講義しかないという状態ではいけないのである.

一定数,そこには,一度聞いただけでは理解できないような,難解で,新鮮な思考があってしかるべきだし,その必要があるのである.

正直に言って,大学にも取るに足りない講義は存在する.

単に教員の力不足であったり,プレゼンテーション下手なことが原因であることも多い.

一方で,学生の意見としては,「わからない」というものであっても,その奥に大きな価値が隠されている,知的能力に挑戦を挑みかけてくるような講義も必ず存在する.

学生が「わからない」という感想を持ったとき,それを「教師,マジ,うぜー」と言って全否定するか,自分が分からないという事実を認識し,分かるために何をするのか考慮するのか,その分岐路のどちらを選択するかで,その学生の将来は大きく変化する.

たかだか入試問題を解く学力の基礎段階ならまだしも,大学教育は学部と言えど,専門科目なのである.

受講していたときには,分からなくて,それでいて意義を実感できなかったものが,5年後,10年後に何かの形で実ることがある.

雑多にあれこれと知的興味の赴くままにいろんなことを考えるということは,この種の知的リソースの開発と,未来を意義深く生きるための嗅覚を磨くということに他ならない.

例えば,Steve Jobsは,大学の正規学生を辞め,聴講生であったときに,なんとなくの興味から書道に熱中することになるが,これが後年,マッキントッシュコンピュータのフォントの開発に大いに役立ったとスタンフォード大学の卒業式の特別スピーチで述べている.

さらにSteve Jobsはこの講演を「Stay hungry. Stay foolish.」という言葉で締めくくっているが,この発言は学習の意義というものを,大学を卒業しなくてもいち早く身につけた証左である.

自分が「わからない」という事実に向き合うことが,貴重な大学での学びの体験であるということを教えるだけの余裕が,大学にも,社会にも,そして教員や学生にも欲しいと思った今日この頃である.



英語字幕付きのSteve Jobsのスピーチ.後期には,本務校の授業題材にしたいのだけれど,難しいかな?

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