2011/05/28

汝,姦淫すべし

うちの本務校はミッション系の大学なので,必修科目で,キリスト教を教えることになります.

実を言うと,何を教えているのかはさっぱり分からないのだけれど,たぶん,キリスト教という宗教と聖書の中身なんかを教えているのだと思う.

って,そりゃ,そーだ.

私のように,語学だの言語学だのを教えている人間は,時に,失言や誤植をしてしまっても,「申し訳ない」と謝れば,別にそれですむかなと思うのだけれど(甘い?),科目の特性上,キリスト教科目で言い間違いや,あらぬことを言ってしまうと,なんだか倫理的に許してもらえないんじゃないかとか,そういう気がする.

「神の教えを伝えている立場の者が,なんと不心な!」

といった案配か.

人文系科目の宿命なのかどうかは知らないけれど,フロイトの出現以来,人の失言には,実はその人の深層心理で言いたかった本音が隠されていると言われるようになったのだけれど,これが事実だとすれば,過去に「あちゃー(本音出しちゃったな)」という歴史も多々あります.

たぶん,一番有名な所だと,1631年にイギリスの印刷業者のロバート・バーカーによって印刷された聖書のモーセの十戒の第7条で,否定辞のnotを落としてしまったために,「汝姦淫するなかれ」の箇所を「汝姦淫すべし」という内容にしてしまったという誤植があります.

このせいで,この印刷業者は300ポンドの罰金を課され,破産.

しかし,印刷された聖書を全て回収することはできず,現在も世界に11部残っていると言われています.

まぁ,キリスト教に理解は示していても,別に敬虔なクリスチャンでもなければ,キリスト教を教えているわけでもないいい加減な立場の私から言わせてもらえれば,世の中に「汝姦淫すべし」とか書かれてある聖書もあっていいんじゃないかと思うし(その場合,a book = 聖書になるんだろな),それはそれで楽しいんじゃないかとも思う.

だいたい,自分は姦淫しているのに,人には(それもうら若き乙女たちに)「汝姦淫するなかれ」とか言うのは,何かやましいことがある,怪しい奴なんじゃないかと取られる恐れすらあるのではあるまいか.世の中には,仏教における浄土真宗のような,ちょっとゆるめの慈悲深いキリスト教があっても悪くないのではないかと思う.

ま,世の中,程ほどがよろしいのではないでしょうか.

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