2011/02/02

紀要どうしよう

紀要:大学などの教育機関が,定期的に発行する「学術雑誌」のことである.審査のある専門家の集まる場所で論文を発表できない研究者の見かけ上の業績を上げ,論文を書いたという既成事実を作るためだけに発行されるため,できるだけ人の目に入らない場所でこっそりと存在し,ひっそりと姿を消す運命にある.

まぁ,大学業界のしきたりみたいなもんです.ろくなもんじゃないです.悲惨な文章しか書けない「教授」先生たちの実力が分かるので,ある意味おもしろいかもしれませんが,こういう人たちが「最近の学生はレベルが低い」だとか,学生をバカにする態度を取るという不思議な業界が大学の世界なんです.他山の石としなければいけませんが.

というわけで,その一例.

「県HPで批判され苦痛」滋賀大教授の賠償請求棄却

かいつまんで言えば,紀要(つまり適当に書いた駄文)が人の目にさらされたので許せないと訴訟を起こした先生がいたというお話.論文なんて人の目にさらされて,こてんぱんにされてなんぼの文章だと思うのですが,まぁ,日本の大学のおかしさというのが分かろうというものです.

えと,一応,言語学なら自分でも評価できると思って,うちの紀要に目を通してみたんですけど,その出だしがこんなの.

日本語のモーラが実際の文ではどのように使われているか,確認するた めに,いくつかの文章を選んでその実態を示したいものと思っていたが, その余裕が無かった。幸か不幸か,たまたま3箇月に亘って不意に世間か ら隔絶された状態に相遇し,その無聊を慰める手立ての1つとして,パソ コンは勿論,手持ちのテキストは取り寄せられず,ケータイ・電卓すら無 い状態で,紙とシャープペンシルと消しゴムを道具とし,資料はこれもた またま見ることのできた「週刊文春」8月6日号(2009年)から1文を採 ることとした。見開き2ページのエッセイということで,「文春図書館」 中の「私の読書日記」の酒井順子「地図を開いて,内を向く」を選び出し た。以下いろいろな数値は総て紙に書いたり消したりして集計し,筆算で 求めたものであり,完璧なものではありえない。酒井氏の文が3359モーラ から成ることは2度も指折り数えて確認したが,音節に分解し集計した値 は,3度試みたにも拘わらず,その度ごとに異なるため,上記の数値に最 も近い3度目の集計・筆算を採ることとした(総計3266モーラで,上記 3359モーラの97.23%であることで有意と判断願いたい)。』宮澤 2010, NAID 110007645656

まぁ,何も言うまいて.

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