2010/05/20

仕分けに対する不快感と知的怠慢

ふと,スポーツクラブのテレビニュースを眺めていると,まぁたおばか与党さんが仕分けを始めたらしいというニュースを放映していた.

こんなの,どっからどう見ても単なるパフォーマンスだし,「とんだ茶番劇」だと思う一方で,なぜこれほどまでに単なる政治屋さんたちの演出に不快感を感じるのか,ちょっと考えるところがあった.

公約無視で支離滅裂,歴代の政権与党に比べても圧倒的に無駄なばらまきをしているだとか,そういう数字で簡単に分かる上に,誰でも言ってそうなことを言うのはとりあえずやめておこう.そんなもん,大なり小なり政治家はやっているもんである.

仕分けに関して,徹底的に不快感を感じる理由として,いわゆる「仕分け屋」さんたちの高圧的な態度が,なんだか強烈で理不尽なクレームを見せられているという,わりに現実的かつ,些細で具体的な出来事というのが一因にあるような気がする.

彼らが,温厚でかつあまり饒舌ではなさそうな専門家たちを前にして,

「そんなもん,一言で言えますかいな」

と思われるような無理難題を,大声でまくし立てる様子が,それこそチンピラさんたちが温厚な店の店主の胸ぐらをつかんで,「おんどら,二度と商売できんようにしたろか?あぁー!!」と力に任せて脅しをかけている様子とかぶるのである.

海千山千のような人たちが専門家代表だとよかったのだろうけど,そんなの民主党サイドからすれば絵にならないだろうし.

そんなこんなで,仕分け屋さんたちの言動が,少なくとも一定数の支持を集めることができた要因の一つに,素人の劣等感を癒してくれるという事実があったように思う.

「いっつも,いっつも,専門用語と難しいご託ばっかり並べて,おいらたち庶民には分からんったい.もっと,簡単にわかりやすう教えてくれんかいの」

という専門家に対する,素人さんたちの劣等感がまずあり,

「そやそや,そもそも小難しいご託ばっか並べるのが悪いんじゃい.簡単に説明できんのやったら,金なんかやるか!」

という強行姿勢に移った様子が,そこには垣間見られるのである.

単純化して言えば,専門的知識を吸収するのに知的負荷がかかるという前提を無視して,むしろ,己の知的怠慢を専門家の責任に押しつけ,なおかつ知的優位に立っていた立場の人間を恫喝することによって,どぎまぎさせる様子を喜ぶ人たちにこの種のパフォーマンスはある程度の効力があったのではないかと思うのである.

きつい言い方をすれば,愚民の愚かさ加減・知的劣等感を埋め,知的に優位だと思われていた人たちを恫喝することによって得られる爽快感に酔っていた人たちが一定数いたわけである.

そういった己の無知を恥じることなく,むしろ,自分が知らないのは専門家のせいであると考えることによって自尊心を保っている人たちの代表が仕分け屋さんたちであり,中身も何もないもののイメージを向上させるという特殊技術を持った芸能人さんたちが,そこで躍進するのに一役買った,とは言えないだろうか.

特に見栄えがして,しゃきしゃきとした女性という雰囲気(中身はもちろん知らないが)を持った蓮舫さんみたいな人は適役だったのであろう.

要するに,自己の知的怠慢を他に押しつけて,「俺・あたいが分からんのは,全部,おまえら専門家のせいじゃボケ!!!」とまくしたてる理不尽さに,私は何か言いしれぬ不快感を感じているということなのかもしれない.

そういえば,大阪から住民票引っこ抜く時に,公務員さんの胸ぐら掴んで「なんで,戸籍謄本とか要るとか教えてくれへんねん.俺ら何も知らんのじゃ.全部ちゃんと教えろや」とすごんでいたあんちゃんたちがいたな.

気の弱そうなおじさんが対応していたけど,ああいう場面を見ると,日本も西欧みたいに警察呼んでさっさと連行すればいいのに,と思う.

クレーマーとか,偉そうなおっさんとか,なんでこんなに多いんだろ?この国は?

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