2010/05/14

改宗?

えと,自分が言語学者だという自覚はあります.

それで.

さらに細分化すると,今までずっと自分はあくまでシンタクティシャンというか,研究の土壌はsyntaxがあくまで中心で,ほんでもってsemanticsはコンピュテーションとのマッピングに関わる限りにおいて,つまり統語構造の分析に関わる限りにおいて興味があって,あくまで二次専攻的な認識でやっていたつもりなんですけど.

そんなプロセスを経て.

「しょーもない,しょーもない」と言っていても埒があかないので,久しぶりにLIを見てみました.

それで.CED effectsをPICから引き出すという議論が載っていた.(by Muller)

まぁ,いつか誰かがやりそうな議論だというか,誰かが先鞭を付けなきゃいけないトピックだよなと思っていたので,ちょっとさらっと読み流してみました.

内容は

・・・

という感じ.

議論の流れとしては別に悪くないし,たぶん,Mullerが切れ者だということは想像に難くない.頭の良さが随所に見られる.それに,ドイツ語のデータも(事実だとすれば)かなり魅力的である.

しかし.

これがどうにもおもしろくない.

なんか,「ほんまか???」と首をかしげたくなることが非常に多くなる.

特に,結論の4つのうちの2つ.

All phrases are phases.

は,冗談にしろ何にしろ,「どうせ誰かが言うんだろな」と漠然と(たぶん他のたくさんの人も)思っていて,「とうとう出てきたか(嘘くさい)」という気分にさせられたし.

まぁ,記述の道具が増えたら仕事ができるんだし,DPもphase,ほんでもってPPもphaseとか言い出す人たちがたくさん出現してきているんだから,こんなことを言い出す人はきっと出てくるんだろなって予測は十分に立てられていたのだけれど,でも全部が全部phaseてあーた.

じゃあ,そもそもphaseって何なの?って話になるし.

CPがphaseという議論はワークさせやすいんだけど,vPがphaseなのかどうかもイマイチよく分からない状況でこれを言ってしまえば,phaseという概念をそもそも変えなきゃいけなくなる.というか,昔にやってたcycleを言い直しただけで再解釈にすらなっていないと私には思えるんだけど(私がバカなのか).

あと,もう一つの結論.

Edge features that trigger intermediate movement steps can be added only as long as the phase head is still active.

なんかに至っては,phase cycleの次を先読みして,理論がワークするように都合よくstipulateしたものに過ぎず,この結論の妥当性を議論する予測が立てられないし,それ以上にデータを何も説明していない.早い話が一般化にもなっていないという印象が拭えない.

フレームワークのせいかもしれないんだけど,ミニマルペアに基づいたデータの吟味,一般化,そしてそこからあわよくば理論の洗練というプロセスを,今のミニマリズムの枠組みではなかなか踏んでいけないような気がしますね.

一方で.

JSを見たんだけど,なんだかテンションが上がる上がる.読んでいて「おもしろい」という気分になれる.

なんか,知らん間に自分は意味論者としてのアイデンティティを確立させていてしまったのかもしれない.

まぁ,学際的な視野なんかも含めて議論している人たちは,統語論客は多い一方で,意味論者は少ない方だし,こういう方向で自分をプロモートしていってもいいのかもしれないな.

ちなみに言語学界隈で相手にされないかもしれないけれど,Mullerの話とミニマリズムに関するrepliesは夏の間にでもちょっと書いてみようかなと思います(やる気が残っていれば).この分野で若くて有望な知り合いもいるので,「飯奢るから」とでも言って,ちょっと議論の相手もしてもらえればいいかな,と.

P.S.
``Icelandic control really is A-movement'', Boeckx et al.
まだ,やってたんかぇ..( ̄~ ̄;)

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